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東洋医学、漢方医学とは何だろう? 推論しよう

記事の監修鍼灸師
ドクター・リウ鍼灸院 慶長先生

 

 

東洋医学では、気・血・津液、五臓六腑、経絡、陰陽のバランスが損なわれると、病気になると考えられています。

 

これらのバランスが崩れる原因を、外因、内因、不内外因の3つに分類しています。

 

 ・外因―身体の外側の環境が病因。邪気が入り込み病気になる。

 ・内因―身体の内側に起こる感情が病因。臓腑を傷つける。

 ・不内外因―外因でも内因でもない。過剰な労働や暴飲暴食などが病因。

 

「五臓六腑」という言葉が出てきましたが、漢方(東洋)医学では「五臓・六腑・奇恒の腑」という内臓の分類概念を、人体の生理的機能単位の分類方法として用いています。

 

五臓六腑の概念は本来は解剖学的な内臓の認識から発展したものと思われますが、単に解剖学的な内臓の概念を越えて、人体の生理機能や精神活動まで、それぞれの臓腑の機能による働きとしてとらえ、説明がなされています。

 

「五臓六腑」の五臓(心・肺・脾・肝・腎)は内臓の実質臓器を指し、六腑(小腸・大腸・胃・胆・膀胱・三焦)は管腔臓器を指すとされています。

 

奇恒の腑は脳・髄・骨・脈・胆・女子胞(子宮)で、生理的な機能が五臓とも六腑とも異なり、形態的には「奇恒の腑」の多くは中空で、「六腑」に近いので、「腑」といわれ、「五臓」と似ていますが、五臓のような複雑な生理機能を有してはおらず、五臓とも異なっている。

 

この様に、これらの器官は臓に似て臓にあらず、腑に似て腑にあらず、という特殊なものであるところから奇恒の腑といわれています。


 五臓六腑の概念は、しばしば陰陽論や五行論と混交して解説されていますが、これらはもともと別の自然哲学体系として存在していたものが、後に説明概念として取り込まれてきたものと考えられます。

病気は邪が侵入する部位によって治療の難易度が異なります。風邪の例を挙げると、腑に当(中)たった場合は、風邪を外に出してやる必要があり、割合治り易い。

 

また経にあたった場合は、血を補い筋を養う必要がある。そして臓にあたった場合はとても治り難いと、文献にあります。

 

現代中医学で「臓腑弁証」という場合、往々にして五臓中心の病態論が展開されますが、病の軽重を問わず、外邪の侵入経路である皮毛や腑を通り越して、最初から五臓に病態の主座をおいて考えてしまうという意味で、治療を困難にしてしまう可能性も無きにしも非ず。という考え方もあるようです。

 

バランスが損なわれ、病気になると述べましたが、東洋医学において、「気や経絡が滞っている。」という説明をされたりします。

 

東洋医学の治療法は、基本的に、流れを滞らせないことが、大事なのです。でもそれは、西洋医学(現代医学)においても同様でしょう。

 

血液(血液の中には赤血球、白血球、マクロファージ等いろいろなものが流れています。)リンパ液、神経(神経伝達物質)、血液はいわゆる栄養や酸素を細胞まで運び二酸化炭素、老廃物などを臓器まで運びます。その他、危機的な状況のときは情報を伝達する物質なども、血液を介して必要なところに運ばれることもあります。

 

神経も電気信号で筋肉を動かします。痛みは嫌なものですが、その感覚がなくなると大変なことになります。手足や関節、身体はまた、センサーの役割もあり、脊髄や脳に、それを伝えます。
そして、つまり、言いたいことは、かなりくだけた言い方ですが、やはり過去において、人間の身体を解剖したのでしょう、実質臓器には心、脾、肺、肝、腎と名付け、管腔臓器には小腸、大腸、胃、胆、膀胱、(三焦)と名付け、どちらともいえないものを奇恒の腑としたのではないか。

 

当時は良く分からなかったのでしょう、ですから『五臓のような複雑な生理機能を有してはおらず』となるのでしょう。脳、脊髄なども中空臓器とみなし、複雑な機能はないとしてしまった・・・?!。

 

そしてそれぞれの臓器を繋ぐもの連絡するものが経絡といわれることに繋がってくるのではないでしょうか。血管や、まして神経など分らなかったでしょうから。顕微鏡の発達はすごいものです。

 

時代の流れの途中に、別に存在した自然哲学体系の陰陽論、五行論などが入り込む。

「医」と宗教哲学、占いは過去においては非常に近しいものでしたから、自然の成り行きとも言えるでしょう。

結果、『精神活動まで、それぞれの臓器の機能による働き』と捉えられるようになったということでしょうか。

だんだんと、理論は手が付けられないほど難解になり、それに加えて「気」と言うものや抽象的な概念で盛られてしまうということになってしまったと考えられます。

それと比較しますと、現代医学による施術は理解しやすいし、再現性のある施術になると思います。

最近、エビデンスといわれますが、「脳」や「神経」など無視している医学の、どこにエビデンス(科学的根拠)を求めたらいいのでしょうか?

 

本来は、東洋医学、漢方医学は治療の経験の積み重ねで、できあがった方法、例えば、トリガーポイント治療といわれるものは、ツボ治療としてすでにやられていたことと、私は考えますし、神経痛や麻痺なら、その神経の走行に沿ったところにいわゆる「ツボ」として取り、痛みの治療をしていたのではないか、内臓体表反射の痛み、関連痛、放散痛なら、逆にそれを利用して内臓に刺激を加える、硬く凝ったところも、内臓体性反射の一つの筋のデフェンスも含め、刺激をするポイントになるでしょう。

デルマトーム、マッケンジー帯、ヘッド帯など身体の地図ともいわれる図表が、現代医学においても示されています。知らずとも、治療の際は、利用していたのではないでしょうか?

 

ですから、ずっと、私は言い続けているのですが、本当に人体にとって大切な「脳」、「神経」を東洋医学、漢方医学の中において、まず、確たる位置づけがされなければいけないと思っています。さらに、具体的に言うなら、「奇恒の腑」は更新可能なスペースが残されたところと捉えても良いのではないでしょうか?

 

次回は、「気」とは何を指しているのか、分る範囲で分析してみたいと思います。

 


 

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慶長先生

慶長先生

ドクター・リウ鍼灸院 渋谷駅前院所属 鍼灸師


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