「鍼の神様」杉山和一って?

この記事の監修鍼灸師

ドクター・リウ鍼灸院西新橋院 神田先生

 

 

鍼はどのような経緯で誕生したのでしょうか??

鍼灸治療を体験されたことがありますか?

鍼灸治療は、鍼を打つことで症状を改善していきますが、治療で使われる鍼をじっくりご覧になったことがあるでしょうか。

皮膚に鍼管を立て、トントンと中に入ってある鍼を打ち、身体に鍼を刺入します。

鍼管を使うことで鍼の痛みを緩和できます。

当院では、ディスポーザブルタイプの鍼を使用していますが、鍼はどのような経緯で誕生したのでしょうか。

 

 

日本の鍼灸治療に多大なる功績を遺した人物

杉山和一(1610~1694)は、日本の鍼灸治療に多大なる功績を遺した人物です。

伊勢安濃津(現在の津市)出身で、武将の父と尾張大納言の家臣の娘である母の間に生まれました。

和一は、幼い頃に疱瘡に罹り失明してしまいます。

家督を妹の夫に譲り、江戸へ向かい鍼医に入門し、鍼術で身を立てようとしましたが、技術向上しない為に追い出されてしまいます。

郷里へ戻る途中、和一は江ノ島で断食修行を行います。満願日を迎え、洞窟から登ってきた時に、臥牛石につまずき倒れます。

その時、手に拾った松葉の入った管状のものから管鍼術の着想を得たと伝えられています。

 

「鍼の神様」

その後、和一は京都へ。鍼術の奥義を学び、再び江戸に向かいます。江戸麹町に居を構え、いつしか将軍家にも知られる存在になりました。

将軍綱吉公の持病を回復させたことで、将軍付き侍医として仕えるまでになりました。

ある日、綱吉から「欲しいものは?」と聞かれ、「一つ目が欲しい」と答えた和一。

なんと、綱吉から本所一つ目の屋敷を拝領したので、和一はそこに弁財天社を祀りました。

和一が綱吉から拝領した墨田区の地(現在の墨田区千歳1-8-2)には江ノ島杉山神社が建っています。

和一が祭神として祀られ、「鍼の神様」として地元の人々にも慕われています。

 

~まとめ~

前回、七福神めぐりについてお話しさせていただいたのですが、不思議なもので、杉山和一の事を書き進めていくうちに、江ノ島杉山神社の弁天様のお話に至りました。

 

”ピンチはチャンス”と言いますが、和一は、ひたすら願い努力を重ね続けた事で光明を見い出すことができたのではないかと思います。

 

諦めず、鍼の道を究めた杉山和一がいた場所を私も訪れたいなと思います。

 

奥深い鍼を学び続け、多くの人を救える治療家に・・・そう思います。

 


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神田先生

神田先生

ドクター・リウ鍼灸院 西新橋院所属 鍼灸師